- ×啓人
-
「小夏。マイクに向かってまっすぐ姿勢をとってもらえるか?」
- ×小夏
-
「マイクに向かってまっすぐ……こんな感じ?」
- ×啓人
-
「ああ。その位置から頭は動かさないで、なにか言ってくれ」
- ×小夏
-
「頭を動かさずにって……ええぇ、難しいなぁ……
あー。あー」
- ×
-
収録用マイクの指向性はデリケートだ。
- ×
-
ちょっと発声位置がマイクから逸れてしまうだけで、
音は芯を失ってしまう。
- ×
-
そして『頭を動かさない』という意識に囚われてしまうと、
今度は演技どころではなくなってしまう。
- ×小夏
-
「あー。あめんぼあかいなあいうえおー。
うきもにこえびもおよいでる~」
- ×啓人
-
「…………」
- ×
-
ああ。
これが父さんの言葉の根っこにある意識なんだろうか。
- ×
-
子役としてそれなりに経験をしてきたからだろうか。
ブースにいる小夏を前にして、俺には今まで
意識しなかったものが『見えて』いる。
- ×小夏
-
「え、えぇっと……お兄ちゃん。まだ言い続けないとだめ?」
- ×啓人
-
「? ああ、悪い」
- ×啓人
-
「じゃあ試しに録音してみるから、
さっき渡した紙、頭から読んでいってくれ」
- ×
-
ブース内の棚に入っていた練習用のセリフ集を
読んでもらうことにした。
- ×啓人
-
「で、目の前にあるランプが点いたら話しはじめて」
- ×小夏
-
「目の前のって、これ?」
- ×啓人
-
「ああ、それそれ。こんな風に光るから」
- ×
-
俺の手元にあるキューランプのスイッチを試しに押してみる。
- ×小夏
-
「あ。へぇ……これを合図に声優さんって収録するんだぁ」
- ×
-
『望む道に向かって全身全霊で打ち込める学園生活を
提供してあげたい』
- ×
-
この寮で、その想いを繋げることが、
俺にもできるのかもしれない。
- ×
-
ずっと頭から離れない、この言葉に対して――
今の俺なら、返事ができるのかもしれない。
- ×啓人
-
「それじゃあ、行くぞ」
- ×小夏
-
「っ、うん」
- ×
-
それなら。
- ×
-
父さんの想いの一部として、
俺は俺にできることをしてみよう――
- ×
-
感情のさざ波を胸に、スイッチを押す。
- ×
-
カチりと響く音と共に、キューランプが点灯した。